ビブリ・カル子の
「OH!! ビブリカルDAY〜♪」
きょうは、マタイ13章23節について....

『ところが、良い地に蒔かれるとは、みことばを聴いてそれを悟る人のことで、
その人はほんとうに実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、
あるものは三十倍の実を結びます。』

これを詳訳聖書の訳でみてみると、

『良い地に蒔かれたものとは、みことばを聞いて悟る者で〈理解する者で〉、
真に実を結ぶに至る者のことであり、ある人は、蒔かれたものの百倍、ある人は60倍、
ある人は30倍を生ずる。』と書かれています。

非常に興味深いことは、良い地に蒔かれても、みんなみんな100倍の実を生ずるとは、
書かれていないのです。
詳訳聖書では、「まかれたものの...」と書かれています。
まず、タネが蒔かれて、その蒔かれたものの何倍かを生ずる、ということなのです。
良い土地に蒔かれる必要性があり、
良い土地とは、私たちの心なのです。

みことばを聞いて悟る、ということは、簡単なことではありません。
机上の神学では、悟ることはできないでしょう。
暑い夏、寒い冬を通らないと、実がならないのと同じです。

以前、チューリップの球根の事を聞いたことがあります。
良い花を咲かせようと思うと、わざわざ冷蔵庫に入れて、寒さを与えるのだそうです。
そうすると、春になると、みごとなチューリップの花を咲かすことができるとか...

“タネ”はみことばですよね。
タネには、生命が宿っているわけです。

みことばはキリスト、
キリストは生命です。

そのキリストの生命が宿っているみことばのタネを蒔かれて、
あなたは、何倍の実をつけたいですか?
私は100倍つけさせていただきたいです。

「30倍で良いです。」という人が、真に
謙遜でしょうか。
物事、
中庸です、と言って、
出過ぎるとイヤだ!と思って、60倍にしますか?

私は、みことばに書かれているように、
100倍実を結ぶ者にしていただきたいと祈ります。
私たちではなく、神のものは、神が、栄光を見せて下さる、という信仰に立ちましょう。
大胆に進みましょう。

☆みことばを理解し、悟るために、神からのテストがあり、
通らねばならない道があります。

13章21節には、
『しかし、自分のうちに根がないため、しばらくの間そうするだけで、
みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。』

はっきり書かれています。
しばらくの間は、調子良く進める...
しかし、
みことばのゆえの困難・迫害が起こるとつまづく、と書かれています。
信仰者には、ここが必ず通らされる道です。

その次には、
@この世の心づかい
A富のまどわし
が書かれています。

みことばをふさぐとは、
ある聖書では、みことばを
窒息させて、と書かれています。
フタをして、
息をさせない、という意味ですよね。
キリストの上にフタをする...
何と恐ろしい事でしょう。

“みことばはキリスト”
ヨハネ伝にはっきりと書かれています。

みことばの前に、真にへりくだり、蒔かれたこの生命のタネをふさぐ事なく、
蒔かれたタネの100倍の実を見るクリスチャンライフを送らせていただきたいですね。

ホセア書のみことばでしめくくります。
ホセア10章12節

『あなたがたは、正義の種を蒔き、誠実の実を刈り入れよ。
あなたがたは耕地を開拓せよ。
今が、主を求める時だ。ついに、主は来て、正義をあなたがたに注がれる。』



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<生命のタネ>
〜マタイ13章〜