中浦ジュリアンの足跡

(第10回)



ジュリアン達一行が、フェリペ国王からこの上ない程の歓待を受けたニュースはまたたくまに、スペインの国中、そして、ヨーロッパに広がり、マドリード以後の訪問先でのジュリアン達に対する歓迎ぶりは熱狂的なものとなっていきました。それは、イエス様がエルサレムに入城された聖書の記事のようだったのではないでしょうか。東の果てから来た日本人を一目見たい、と多くの人たちがつめかけたのです。それだけでなく、いつからかジュリアン達は「日本国の王子」であるとの噂が飛び交い、それにスペイン黄金時代を築き上げた時の国王フェリペ2世の命令もあり、その歓迎ぶりはエスカレートする一方でした。

 そのような中にあってもジュリアン達は決して自分自身を見失うことなく、いつもへりくだって神様の前に出る時間を死守していました。もう3年近くもの長旅を続け、どれだけ肉体的にも精神的にも疲れていたことでしょうか。しかし、彼らは歓迎のためにどんなに夜が遅くなっても、すぐにベッドにつくことをせず、神様に祈り、1日の悔い改めをしていました。この神様との交わりの時間を通して、慣れない異国の土地にあって、神様からの力を受け続けていたのでした。私たち、現代に生きるクリスチャンも、早い時代の流れに流されず、日々主の前に静まり過ごしたいものです。

          “主の前に静まり、耐え忍んで主を待て”詩篇37:7

 ジュリアン達は、ついにスペインのアルカンテから船でイタリアへ渡りました。イタリアでは、ピサの斜塔で有名なピサやルネッサンスの発祥地、ミケランジェロやレオナルド・ダ・ビンチが活躍したフィレンツェの町などを訪れました。ジュリアン達は、この「博物館のような町」フィレンツェに5日間滞在しましたが、その華麗な建築物や絵画、彫刻、噴水や動物園など「限りなくめずらしいもの」の数々を見て驚きの声をあげました。これらのことを目で見、体験したジュリアン達が、帰国後、日本にもたらすだろう影響と可能性を考えると胸が高鳴ります。しかし、現実は全く思わぬ方向へ進んでいったのでした。私たちも自分の人生に多くの計画を持ちますが、主の御心だけがなされていきます。ジュリアン達の人生は、日本の戦国時代という運命に翻弄されていくのです。

 さて、ジュリアン達一行は、いよいよローマ教皇、グレゴリオ13世のいるローマをめざし馬車をすすめました。

(文責)サムエル鳥谷部



参考文献

 「天正少年使節〜ローマへ行った少年たち」 結城了悟責任監修、鈴木正節シナリオ
 「西海の聖者〜小説・中浦ジュリアン」 濱口賢治著
 「キリシタン地図を歩く(殉教者の横顔)」 日本188殉教者列福調査歴史委員会編
 「ローマへいった少年使節」 谷真介著


(フィレンツェ)
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