No. 8 インテグリティ

前回、No.7で「英語のNKJV(ニュー・キング・ジェームス訳)聖書では、
旧約聖書で『全き心』と書いてある箇所は、一箇所を除いて
すべて "a loyal heart"と書かれている」と書きました。
今回は、 "a loyal heart"と書かれていない一箇所について見ていきたいと思います。

   
主は彼に仰せられた。
   「あなたがわたしの前で願った祈りと願いをわたしは聞いた。
    わたしは、あなたがわたしの名をとこしえまでもここに置くために
    建てたこの宮を聖別した。わたしの目とわたしの心は、いつもそこにある。
    あなたが、あなたの父ダビデが歩んだように、全き心と正しさをもって、
    わたしの前に歩み、わたしがあなたに命じたことをすべてそのまま実行し、
    わたしのおきてと定めとを守るなら、わたしが、あなたの父ダビデに、
    『あなたには、イスラエルの王座から人が断たれない。』と言って約束したとおり、
    あなたの王国の王座をイスラエルの上に永遠に確立しよう。
                           (T列王記9章3節〜5節)


    And the Lord said to him: "I have heard your prayer and your supplication that
    you have made before Me; I have consecrated this house
    which you have built to put My name there forever,
    and My eyes and My heart will be there perpetually.
    Now if you walk before Me as your father David walked,
    in integrity of heart and in uprightness, to do according to
    all that I have commanded you, and if you keep My statutes and
    My judgments, then I will establish the throne of your kingdom
    over Israel forever, as I promised David your father, saying,
    'You shall not fail to have a man on the throne of Israel.'"
                               (1Kings 9:3-5)

この箇所では「全き心」を "in integrity of heart"と記しています。
"integrity"には完全(な状態)、完全性、全体性などの意味があります。
この
"integrity"の動詞形は"integrate"であり、その意味は
〜をまとめる、結合する、統合する、一体にする、一体化する、統一する、
完全体にする、完全なものにする・・・など何かと統合されて完全になる
という意味合いがあります。
神様がダビデの心を「全き心」と言われたのは、ダビデの心が
神様のみこころと一体化していたからではないでしょうか。
ダビデの願いが神様のみこころを行なうことだったからではないでしょうか。
人間はみな罪人です。
自分は「完全だ」と心底言える人はいないのではないでしょうか。
みな「不完全」です。
しかしイエス・キリストを信じ、礼拝し、そのみこころを己が心とする時、
神様の目に「全き心」と見ていただけるのではないでしょうか。

"integrity"には、ほかに誠実、正直、高潔、品位という意味があります。
神様のみこころを行なうことを願い、歩む時、神様の目から
「全き心」と見て頂けるだけでなく、主が「誠実」「正直」「高潔」「品位」という
徳とされる人格までも私たちの内に形成してくださるのではないでしょうか。
主に従い、主のみこころを行なう歩みは何と幸いなことでしょう。