ある日の夕方、実佳はテレビで『ドラえもん』を見ていたのですが、その途中で、「ママ〜、ドラえもんがいいこと言ってたよ!」と私のもとに来ました。「なんて言ってたの?」と聞くと、「『ドラえもんにも
できないことがある』って!」
そして「なんでもできるのは、かみさまだけ
だもんね!」
と言って、またテレビの前に戻って行きました。
幼い時から教会の中で育てられてきた実佳には、「神にとって不可能なことは一つもありません。」のみことばが、ずっぽり入っているようです。
だから、ドラえもんが「ドラえもんにもできないことがある」と言ったことばは、「なんでもできるのは、かみさまだけ」という告白に聞こえて、嬉しくなって私のところに報告に来たようでした。
みことばがしっかり入っているから、テレビを見ていても神様のみことばを思い起こし、恵まれるんだな〜と、実佳の姿を通して語られました。
ちょうど、私にもみことばを暗唱するようチャレンジが与えられていた時に神様は、幼子の姿を通して、みことばを心に刻む重要性、またその恵みを教えて下さいました。

   
「幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、
    あざける者の座に着かなかった、その人。
    まことに、その人は主のおしえを喜びとし、
    昼も夜もそのおしえを口ずさむ。
    その人は、水路のそばに植わった木のようだ。
    時が来ると実がなり、その葉は枯れない。
    その人は、何をしても栄える。」(詩篇1篇1節〜3節)